グローバルパーソンとは: アメリカ発、新時代の日本へ送るメッセージ 第8回: 「足し算」と「新陳代謝」  
印刷用ページ 友達に教える
 

アメリカ発、「新時代の日本」へ送るメッセージ

 第8回 「足し算」と「新陳代謝」



みなさんの中には、私が日本に対してやや批判的なのではと思っている人もいるかも知れません。でも、実際には、このエッセーの最初のところにも書いたとおり、私は今もどちらかと言えばアメリカよりも日本の方が好きなのです。今回は、その理由について、少しお話しましょう。


確かに、「グローバル・パーソンズ」を地で行くようなアメリカ人の姿勢は、日本人も見習うべきだと思います。でも、その一方で、アメリカ人は、それぞれが違い過ぎて、互いにうまく協調し合うことができないという悲しい現実もあるのです。一口で言うなら、私は、アメリカは「足し算しにくい社会」だと思っています。


例えば、誰かが何か新しいこと始め、それをある程度まで極めたとしても、他の人がそれをまねたり、引き継いだりしてさらなる工夫や改善を加えるということが、アメリカ人はあまり得意ではないのです。それは、まねるという行為が美徳ではなく、荒削りでも独自のものをやった方がいいという思想が強いからでしょう。だから、アメリカでは常に多くの新しいアイデアが生まれるのですが、一過性で、完成度が低いまま終わってしまうものが多いのです。


それに比べ、日本人は自分の独特のものを生み出すことはあまり得意ではない代わり、すでに存在するものをさらに改善し、どんどん完成度を上げて行くということにかけては世界一です。そして、多くの場合、それはひとりの人や一企業によって達成されるのではなく、複数の人や企業が互いにまねたり受け継いだりしながら「足し算」の形で行われています。


さらに、日本人の思想には、「もの」に対する「こだわり」がとても強くあるように思います。そして、それが上述した「足し算」の構図の中で、潤滑剤や加速剤になっています。たいていの日本人は、常に何かしらに「こだわり」を持ちながら普段の生活をしているように思いますが、アメリカ人にはあまりそのようなことは感じられません。


ごく日常的なことでも、例えば、私は日本のラーメンがとても好きなのですが、それはもちろんラーメンなら何でもいいということではありません。麺、スープ、新鮮な食材、斬新で清潔感のある食器など、どれひとつ取っても「こだわり」を持っているお店なら、多少遠くても食べに行きたいと思いますが、逆に、全くこだわりを感じられないお店なら、すぐ目の前にあっても入る気はしないでしょう。つまり、「単なるラーメン」ではなく、「こだわりのラーメン」でないとダメなのです。


<1/3 ページ>


ご意見、ご感想のある方はこちらからどうぞ!


 

 
カテゴリに戻る | カテゴリの一覧に戻る

Site Search:

 今月の更新情報

 メニュー