グローバルパーソンとは: アメリカ発、新時代の日本へ送るメッセージ 第9回: 恥の文化、罪の文化  
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第9回 恥の文化、罪の文化

 

 

アメリカに長年住んでいると、自分自身の考えにしっかり根付いた「罪文化」というのも決して悪くないと感じることが多々あります。「恥を知らない」というのは問題ですが、すべてまわりの人と確認したり、一々上の人にお伺いを立てなければ判断できなかったりというのも問題ではないでしょうか。成熟した社会では、どんな立場の人も、それぞれが自分の意志と責任で、きちんと主張できるというのは、やはり、とても重要なこなのです。

 

それにしても、アメリカ人は自己主張が強く、言いたいことをずけずけ言うなぁと思っている人も多いかも知れません。確かにそういうところもあるのですが、上述のように、「罪の意識」の裏返しとしての「フェアな精神」も、実は、日本人以上に旺盛なのです。そして、そのことが、ときどき日米のビジネスの中で問題を起こす原因になります。

 

例えば、日本から届いたメールに、かなり強い口調や相手を中傷するような表現があったとします。日本人にとっては、アメリカ人はみな言いたいことをストレートに言うのだから、このくらいのことは言っても大丈夫だろうと判断しているのでしょうが、それを見たアメリカ人は、実は、驚くばかりなのです。日本人は、口頭で話すときは非常に丁寧で、同時にあいまいな表現が多いですが、文書になると、意外とストレートに表現する人も少なくありません。

 

一方、アメリカ人は口語では確かにかなりはっきりした表現をしますが、文書になると、実は、一変して日本人以上に丁寧になり、しかも、あいまいな表現を使うことも意外に多くなるのです。つまり、この点日本とまったく逆です。アメリカ人がストレートな表現をするのは、相手が目の前にいるときだけ。顔の表情やイントネーションで真意が伝わるので、相手を傷つけることなく、効率的かつ建設的な意見の交換ができるからです。

 

このことをわきまえず、それほど近い関係でもない相手に対して、ちょっときつい表現をメールに書いてしまったら、「なんと失礼な奴だ!」と思われても仕方がありません。このことも、「罪の意識」を裏返した「フェア精神」から来ていることなのです。

つまり、「グローバルパーソン」になるには、単に自分の主張をストレートに出すだけではだめです。異国や異文化の人たちと同じ目線になるだけではなく、十分に「フェア」な気持ちを持って相手に接し、共に地球人として「共存」するためのマナーをわきまえることも「グローバルパーソン」の鉄則となります。でも、その上で、日本古来の「恥文化」の高貴さを、合理的な「罪文化」のアメリカ人に伝えることができたら、最高ですね・・・!

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