グローバルパーソンとは: アメリカ発、新時代の日本へ送るメッセージ 第17回: 「運」と「縁」  
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アメリカ発、「新時代の日本」へ送るメッセージ


第17回 「運」と「縁」



「運」と似て非なるものに「」があります。仕事や個人的なことでも、何かがうまく行かなかったときに、「縁がなかった」などと表現します。もしその場合、「運がなかった」と表現したら、それは、逃した仕事や人間関係に対して、その人がかなり打算的に考えていたという表れでしょう。

 

これに対し、「縁がなかった」は、個人的な利害はあまり考えず、むしろ自己を無にしたときの客観的な表現だと思います。つまり、めぐり会う人や仕事などに自然体で接し、もちろんうまく行くように一生懸命努力もし、その上で、打算や利害をあえて外して、「縁があった」とか「縁がなかった」という表現をするわけです。

 

考えてみれば、「運」とは極めて個人的な事柄であって、ある人にとっては「チャンス」でも、他の人にはどうでもよいことがほとんどです。一方、「」の方は、自己を無にする代わり、その人と別の人(あるいは人間以外の何か)との間の相互作用で始めて生まれるもので、それだけにより高い「価値」があると言えるかも知れません。

 

また、「馬が合う」という言葉もありますが、これは「気が合う」という意味で、「」とは異なるものです。いくら気が合った人でも、たまたま急用で会えなくなったというようなことが続けば、その人との縁は薄れ、さらに、もし転勤で遠くへ引っ越してしまったら、「せっかく馬が合ったのに、縁がなかった」ということになります。

 

結局、人はみなそれぞれの事情で行動しているし、もちろんそれぞれの利害を第一に考えます。たいていは自分のことだけで精一杯。他人のことなど考える余裕はないのです。だから、もしあなたが誰かと出会って「いい人に出会えてラッキー!」と思っても、その人が同じ思いとは当然限らないし、仮にそうだったとしても、いろいろな事情でその人と疎遠になってしまうことも決して少なくないのがこの世の常です。

 

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