グローバルパーソンとは: アメリカ発、新時代の日本へ送るメッセージ 第18回: 実録グローバルパーソンズ  
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アメリカ発、「新時代の日本」へ送るメッセージ


第18回 実録グローバルパーソンズ



さて、理屈や方法論はこれくらいにして、私の身近でグローバルパーソンズを実践している何人かの人をご紹介しましょう。以下にご紹介するのはいずれも私の会社の社員ですが、明確な意思と目的を持ってアメリカに渡り、今も頑張っている人たちの例です。

 

最初はS君。彼は日本で某大学情報工学科の修士まで取得し、ある大手のインターネットプロバイダーの技術者として日本で就職したのですが、アメリカへの強い憧れを捨てきれず、就職後2年で渡米を決意します。彼の目的はアメリカで技術者として働くということでした。しかし、その方法が分からず、とりあえず、サンフランシスコのダウンタウンにある英会話学校のビザで渡米したのでした。

 

渡米後まもなく、ある知り合いの紹介でS君が私の会社を訪ねて来ました。その頃、ちょうどうちの会社でCATIA(キャティア)という新しいCADソフトの販売を始めることになりました。とりあえず、S君はうちの会社で働くことになったのですが、他の社員もまだCATIAのことはそれほど知らなかったので、思い切って彼に、「CATIAやってみますか?」と聞いたところ、「はい、やります!」二つ返事で決まり、さっそく、彼はCATIAの勉強を始めることになったのでした。

 

半年後、日本のパートナー企業から「日本の某自動車メーカ本社でCATIA技術者が足らない。半年ほど出向できる人はいませんか?」という話がありました。日本に行くというのは少し道から外れることになるのですが、半年という期限があるので、S君にこの話をすると、「勉強になりそうなので、ぜひ、行かせてください」とすぐに決まり、彼は、名古屋の某大手自動車メーカの設計現場で、CATIAの実践運用を習得するというチャンスを得たのです。

 

出向は予定通り半年で終わり、彼はサンフランに戻りました。ただ、その頃、CATIAビジネスを展開するには北米自動車産業のメッカであるミシガン州に事務所を出す必要があるだろうという話が出ていたので、私は、ガッツあるS君に、「ミシガン事務所の立ち上げに行ってくれないか?」と切り込んだわけです。すると、またまた「はい、分かりました」と二つ返事。まもなく彼は、身一つでミシガンに乗り込むことになったのです。

 

結局、彼はそのままミシガンで5年活躍し、彼の貢献や他の人たちの努力の甲斐もあって、今ではミシガン事務所もまずまずの体制になりました。同時に、S君の英語力もかなりのレベルに達し、CATIA技術者として世界のどこででも通用する「グローバル・パーソン」になったわけです。

 

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