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Global Persons 直撃インタビュー

海外で働く日本人
 


第1回ゲスト: 竹原直美さん
Kintetsu International Travel Consultations
営業マネージャー, 米国California, San Jose店勤務
インタビュアー: わたなべ みき (以下G.P.)
Global Persons U.S. 事業本部長


G.P. 第1回のインタビューです。竹原直美さんにご登場願ったのは、Global Persons執行部のたっての要望なんです。直美さんと話すと元気が出る!とスタッフが口を揃えて言うので、そんなキャラの持ち主にぜひGlobal Persons会員のみんなをチアー・アップしてもらえないかと…。直美さん、よろしくお願いします!

Naomi
私の経験談なんかでGlobal Personsの皆さんの参考になるのか、なんだかすごく恐縮してますが…。何でもドーンと聞いてください。本音でお答えしちゃいます。

G.P. まず、最初に海外に興味を持ったのはいつ頃ですか?

Naomi 高校生の時です。国際協力機構(JICA)ってご存知ですか?あそこに参加するのが夢だったの。

G.P. 国際協力機構(JICA)に入って、海外の恵まれない人々の援助活動をしようと?

Naomi ええ。でも、看護資格とかの特殊技能を持っていないと、JICAに入るのは難しくて…。そんな時、中学時代から親友…実は彼女はインドネシア国籍だったんですが、「一緒にインドネシアに遊びに来ない?」と誘われて、夏休みに出かけたんです。

G.P. はじめての海外経験です

Naomi はい。すごいカルチャーショックでした!現地のひとたちの考え方や生き方に触れたら、日本人がものすごく「物質主義」に思えてきました。自分がそれまで大切だと考えてきたモノが、果たして人生にとってほんとに大事だったのかしら?という疑問を持ちはじめて…。

G.P. それから、海外にハマっちゃった(笑)

Naomi それからは、毎朝登校前にお弁当屋さんでバイト。夜は夜でピザ屋でバイト。このピザ・ショップは六本木にあってお客も従業員も殆ど外人ばかりだったから、英会話の練習もできて一石二鳥でしたね。そうやってお金を貯めては、長い休みの度にバックパックを背負って東南アジアを中心に海外を旅するようになりました。

G.P. 進学はどうしたの?

Naomi 希望の大学を残念ながら滑っちゃって…。アジア・アフリカ学院でインドネシア語と英語を学びました。この学校、かなりマイナーな言語も教えてるせいか、生徒がやたらユニークでね。楽しかったな。卒業後、インドネシア語を生かして昼は外務省外郭団体の国際交流サービス協会で働きながら、夜は上智大学のインドネシア語学科に通いました。

G.P. 高校時代から、勉強の両立をずっと続けてきてるのね。タフですねぇ…。

Naomi そう、体は丈夫なのよ、私(笑)

G.P. で、アメリカへはいつになったら来てくれるわけ?(笑)

Naomi 20歳を目前にビジネスの中心地アメリカを一度は見てみたいと、またまたバックパック背負ってグレイハウンドのバスをり継いで、西海岸とNew Yorkをヶ月ほど歩きました。でも、その後就職がバリ島に本ミのある旅行会社に決まったので、それから7年間、東京とインドネシアを往復する営業マンとして文字どおりバリバリ(インドネシア、バリ島)やってました(笑) 27歳の時に大恋愛した相手がアメリカ人だったの。で、結婚してこっちへきて、3ヶ月で専業主婦生活に飽きちゃった(笑)

G.P. 仕事はすぐに見つけられた?

Naomi 難しかった。日本での学歴も肩書きもアメリカでは通用しないし、結局見つかったのはお寿司屋のウェイトレスのバイトだけ。時給は8ドル50セントぽっち。車の運転も出来なかったから、バスで毎日通いました。

G.P. 勿体ないなぁ。バリバリの営業マンとして活躍してきた直美さんなのに…。

Naomi 抵抗ありましたよ、そりゃあ。今までの人生で一番しんどい時期だったかも。でもね、ひとつのドアを開けないと次の扉は開かないから。

G.P. う〜ん。ウンチクの深い言葉ですよ。これは

               

Naomi そんな頃、たまたまご近所に人材派遣会社のひとがいて、いろいろ相談に乗ってくれたの。彼女のアドバイスに従って、まずは車の免許をとり、職業訓練学校でマイクロソフト・オフィスとか経理事務とかのクラスを9ヶ月間受講しました。

G.P. 市とか、カウンティ(郡)が提供してる職業訓練校のことですか?

Naomi そうです。とにかく就職に直結できる技術資格を取らなくちゃと思って。

G.P. …で、晴れてめでたく就職。

Naomi …した先が、トンでもないところだった(笑)ベンチャーキャピタル会社の秘書として雇われたんですが、仕事がキツいのなんの…。ボスが難しい人で有名でとても私には手に負えず、連日泣きが入ってました。お陰で勉強にはなったけど。当時は私自身、、アメリカ人と日本人の働き方の違いがよく解ってなかったから、今にして思えば、イエスマンだから使われ放題になっちゃったわけね。

G.P. アメリカ人は、出来ない仕事や自分の管轄外だと思ったら、「出来ない」「やらない」ときっぱり言ってのけますよね。一方日本人だと、「なんとか頑張ってみますけど…」と無理して請け負っちゃう。

Naomi 日本人にとって、面と向かって”NO”と言い切るのは案外難しいんですよね。当時シリコンバレーのバブルが弾けて景気も下降気味だったこともあって、経験を生かした日系大手旅行会社の営業部員に返り咲いて、3年そこで働きました。

G.P. 現在の会社へ転職した理由は?

Naomi 日本とは違って、アメリカでは転職をきっかけにキャリアアップしていく…というひとつの方法が成り立ってますよね。旅行業界のようにある程度限られたマーケットだと、営業を3,4年もやっている間に何か自分の中に澱みができて来るっていうのかな.…。30代のうちに自分がどこまでやれるのかチャレンジしてみたいって気持ちもありました。

G.P. アメリカで仕事をしていて良かったと思うことはどんなことですか?



Naomi
とにかく実力主義だから、年齢とか性別とかで仕魔フ上で差別されたり制約を受けることがないでしょう。やる気さえあれば誰もが、思いついたアイデアを生かしたり形にしていくチャンスが与えられるところ。

G.P.
逆に言えば、チャンスの分だけリスクは自己負担しなければならないという面もあるんじゃないかしら

Naomi
いい加減なことをすると、きっちり自分に返ってくる。だから、ひとつひとつ仕事を誠実に地道にこなすこと。これに尽きます。

G.P.
アメリカ人と一緒に仕事をするうえで、特に心がけていることはありますか

Naomi
たとえ同僚だろうと、相手を尊重する姿勢を示さないと義務だけで協力してはくれません。だから、ひとに仕事を頼む時の言葉遣いなんかもすごく気を遣います。でも、とにかく仕事する姿を見せて、結果を出せば必ず理解してもらえる。月並みだけど、一番大切なのはやはり信頼

G.P.
なるほど。そんな働き者の直美さんの、ストレス解消法は?

Naomi
週に3日は朝7時からプールで泳いだあと、出社します。肩凝りもとれてすっきり。それと、料理かな?近所に美味い居酒屋さんがないでしょ。だから友達も呼んでセルフ居酒屋開くの(笑)

G.P. 生活も充実してますね。海外で働いてみて、自分が変わったと思うことは?

Naomi
ひとを肩書きとか年齢にとらわれず、中身で見れるようになったと思う。社長さんでも掃除夫のバイトでも対等に相手をファーストネームで呼び合う、アメリカのそういうところが好き。変わって困っちゃったなぁと思ってるのは…こっちじゃ太っても太ってもいくらでも大きなサイズの服があるじゃない。この危機感の無さはヤバいわよね〜 (笑)

G.P. では最後に、Global Personsの会員の皆さんにひと言お願いします。

Naomi
アメリカは、まんまで生きててOKな国だと思います。オタクだからって偏見で見られることはないし、人と違う事が、当たり前。個人の生き方が尊重されている国。こんな懐の広い国で一度思いっきり仕事をやってみるのも楽しいですよ。私も歓迎します!

G.P.
よし!みんな、直美さんに続きましょう! 直美さん、ご協力ありがとうございました。

2005/09/16

 

 
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